ESG課題をどう捉えて、サステナビリティの戦略を推進しているか
下垣「サステナビリティの戦略というテーマですが、NTT DATAでもサステナビリティ経営を進めています。Realizing a Sustainable Futureというスローガンを掲げ、社会課題の解決、地球環境への貢献に事業活動と企業活動を重ね合わせながら取り組んでいるところです」。
吉川「キリンではCSV(Creating Shared Value)を経営の真ん中にすえています。社会的価値と経済的価値を、事業活動を通じて同時に提供していこうという考え方です。
例えば環境への取り組みでリスクを減らす、人材への投資で成長率を上げる、省資源化によりキャッシュフローを上げる、といった活動は経済的価値と社会的価値を同時に生み出すことです。また、今後の社会においては社会課題を解決するビジネス、例えば健康のビジネスはそうでないものと比較して安定的にキャッシュを生み出す可能性が高いと考えます。そのような企業に魅力を感じて人材が集まることで成長率がまた増加する。そのようなモデルを描いています。
キリンが経営とサステナビリティをつなげて考えるようになったきっかけは、3.11東日本大震災でした。自社の工場の復旧ですとか、地域を活性化させるために寄付も行ってきましたが、そこで分かったのが工場やビジネスの立て直しを通じて地域の雇用など社会に価値を届けることはビジネスと両立できるのですが、寄付だけを続けるのはすごく難しいということです。それをきっかけにビジネスを通じて社会に良いことを届けるということを真剣に考えるようになりました」。
サステナビリティの取り組みにあたっての課題感
吉川「いろいろな課題がありますが、今日は2つの切り口をお持ちしました。
1つ目が【事業のサステナビリティを把握すること】です。弊社のビジネスは自然の恵みを前提に成り立っています。それがいつまで手に入るのか不明な部分が多いのです。農作物や農法の変化、気候変動の影響、使用目的の変化などなど、パラメーターが多いため私たちのリスクの把握も困難ですし、投資家の方のリスク評価も難しいと思います。
2つ目が【消費者に価値を感じていただくこと】です。サステナビリティのさまざまな取り組みを進めていくと、究極的には商品の価格に反映することが不可欠になります。消費者に価値を感じてもらえなければ、価格を受け入れていただくことができない。その状況では、投資家も企業のサステナビリティの取り組みを評価し、投資することも難しい。本来サステナビリティの取り組みは社会にとって価値があるものですが、この価値を認識し、受け入れてくれるための納得性や期待感をどう築きあげるかは、大きな課題です」。
下垣「自然資本の定量化というテーマで、NTT DATAの取り組みを1つご紹介します。森林生態系によるCO2吸収量を測定するCO2Sinkというソリューションを提供しています。衛星データや森林に取り付けたセンサを活用して測定します。今、イタリアのカラプリア州というところで大規模な実証実験を進めているところです。
いま吉川さんはサステナビリティの把握にはパラメーターが多すぎるとおっしゃっていましたが、実際にはかなり大変ですか?」。
吉川「ツールがないのが大きな問題ですね。例えば、企業の生物多様性に関する取り組みも、これだけの取り組みをしたから、地域の生物多様性や農産物の持続可能性は大丈夫ですと本当は言いたいのですが、根拠となるデータがないし、自分たちだけでそれを研究し調査するのは不可能です。さきほどのCO2Sinkのようなものが増えて、参照できるデータが増えてくれるとありがたいです。
また内容を分かりやすく、伝わりやすくするのも難しいところです。CO2Sinkのようにビジュアライズされて、例えば農家さんのところで測定して実際に良くなっているのが見て分かったりしたら、すごくいいなあと思いますね」。
サステナビリティの活動を通じて実現したい世界観
ビジネスを通じて創出する社会的価値とは
下垣「ここからは価値について少し掘り下げて話をしていきたいと思います」。
吉川「価値はよく考えなければいけません。たとえばアルコールビジネスの価値。最近では高アルコールの酎ハイを一例としてアルコールの摂取に対して懸念が高まっています。学術的にアルコールを少量でも飲むと健康リスクがある、という試験データが存在することは否定しません。しかし、飲み物としてのお酒には、化学物質のエタノールとしてではなく、人と人をつなぐことであるとか、クラフトビールなどで地域を活性化するであるとか、別の意味で価値が存在すると私は信じています。それを定量化して人に伝えるのはなかなか難しいのですが、それこそサステナビリティの本質的なトライではないかと私は思っています」。
下垣「アルコールは人と人をつなぐ価値があるというのは興味深いですね」。
吉川「COVID-19の時に寂しい思いをして、それを実感された方も多いと思います。酒類ビジネスを営む者として、健康への悪影響を認識したうえで、適正な範囲の量や楽しみ方を提供するなら、みんなをもっと幸せにできると信じています。それがプラス側のインパクトなのだろうと思います。とはいえ、難しいのがその価値というのは人、地域、文化によって異なるもので、絶対的に測定できるものではありません。でもそれをちゃんと説明しないと、アルコールビジネスは続けられないのではないかという懸念もあり、お酒を作るメーカーとして説明責任があると思って挑戦を続けています」。
下垣「説明責任ができるよう IT で支援することも我々の役目だと思っています。NTT DATAでも、サステナビリティへの取り組みをインセンティブに変えるというコンセプトのもと、可視化、削減、価値訴求の3ステップを回していくことで、企業価値・製品価値を高めていこうとしています。
センサやデータの収集・管理の面から価値を見える化・計測可能にすることがITの大きな貢献ポイントです。削減のステップでもAIなどを使って効率化・最適化して環境負荷を下げるという取り組みがNTT DATAとして可能ではないかと思います。そして価値の訴求の面でも、しっかりと取引先や生活者、投資家の皆様に開示して価値に変えるところまで企業と一緒に取り組みを進めているところです」。
まとめ
吉川「サステナビリティに関わる方は、業務を前に進めることや異なる立場の方の巻き込みなどですごく悩んでいると思います。私も日々そういったことに悩んでいます。部署、企業、お取引先、投資家、消費者はそれぞれ背負っているもの、見ているものが違います。時間軸も現在だったり未来だったりします。そのため食い違いや対立が起きてしまうのも仕方ないと思っています。
例えばビジネスが関連する環境や社会に関する情報がCO2Sinkのように客観的に数値化されていれば、個人の経験やバイアスに依存せず事実を認識することができ、相手の価値や未来の価値といったものに寄り添った、優しい判断ができるのではないかと信じています。それを1社でやるのは難しいので、データがもっと使える形で増えてほしいです。そしていろんな研究者やデータ提供ビジネスが増えてくると、使い手である私たちにはとてもありがたいと思います」。
下垣「私もまさに考えているところは同じで、データ化や見える化が取り組みの肝であり、IT企業として貢献していきたいと考えています」。